火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

読んでて怖くなりました。
特に一人暮らしの若い女性が夜に読むもんではないと思います。


別に誰も見ないだろうけどネタばれするのでたたむ。


休職中の刑事である主人公の本間が、本職とは関係なく遠い親戚の依頼で探している関根彰子という若い女性。
その消息を探るべく、彼女を知っている弁護士を訪ねた時、
本間が知っている「関根彰子」と、弁護士が知っている彼女が別人物であることがわかった時。
これにもちょっとヒャッとしたけど
その後宇都宮なんて知ってる地名が出てくるし
おまけに本当の関根彰子が川口で暮らしていたと出てくるもんだから、もうどんどん怖い。
思わず彼女が住んでいたアパートの住所をぐぐっちゃいましたからね。
幸い、私が住んでる駅ではなかった…でもこわい。


関根彰子になりすましていた「偽物」が飛び出したアパートの部屋から出てきた家の写真。
横に野球場にあるような大きい照明灯があって、それが家の方を向いている…という不自然なもの。
野球場の中に家があるって何?ってことで本間は調べを進めるんだけど
なんとなく、これは人が住んでるんじゃなくてモデルハウスなんじゃ?と思ってたら
ある章の終わりで
「大阪の潰れた野球場の中でたまに催しがあり、建売販売イベントもある。この写真の家はそれだった。」みたいな文章が出てきて
ギャーッと布団の中のお尻が飛ぶ勢いで驚きまた怖くなった。
土曜日の夜中だったんだけど、
そこがちょうど章の終わりだったからそこでやめて寝ておけばよかったのに
恐怖で興奮してやすめそうになかったのでまた少し読んだのでした。


あんまり本読んで怖くなるって経験なかったけど、
この本はほんと怖かったです。
ミステリー小説のようだけど、なんだろねえ火サスとか家政婦は見たとか寒空の下断崖でトレンチ着た船越が犯人を追いつめるみたいなそういうミステリーじゃないんだよね。
あ、↑はミステリーじゃなくてサスペンスか。
すごく現実味を帯びたミステリー小説なのです。
題材が、クレジット破産、多重責務、というせいもあるか。
でもそれ以上に、二人の関根彰子やその周りの人達の、直接または人伝に聞こえる心情がリアル。

本物の彰子の幼馴染だった保の奥さんが、昔のOL仲間から突然受けた電話の内容とか。
なんでもない近況を話し合う流れだったのが、郁美(保の嫁)が結婚したと知ると、昔の同僚はその後急に言葉少なになって電話を切る。
その理由を、郁美は「自分より下のところにいるかつての同僚を知りたかったんだろう、それを見て今の自分の劣等感を払拭し、安心したかったんだろう」と説明する。


一番印象に残ったのは、本当の彰子が働いてたスナックの元先輩の言葉。
クレジットカードを作って、借金がかさんで昼の仕事以外にアルバイトを始めた彰子が
「私、幸せになりたかっただけなんだけど」と呟くのを、その先輩が
高い良いものを買って、それに囲まれて贅沢な生活を送るふりをするのが幸せじゃないし
何かを手に入れることが幸せではない、これをやれば、買えば、絶対幸せっていう方式があるわけじゃない。
みたいなことを言う。
先輩が本間に、こういう会話があったと話した時、本間はそれを聞きながら、
マイホームブームの頃、家を買うことがイコールその先の幸せや安泰を保障するように思われていたと話した弁護士の言葉を思い出す、っていう。

この先輩の話には結構おもしろいのが多くて、
蛇の話もそう。
蛇が脱皮するのは、何度も脱皮を繰り返すうち、もしかしたら足が生えてくるかもしれないと思っているからだと。
その話を聞いた先輩は、
足がなくたっていいじゃないのよ。足がなくたって立派な蛇なんだから、高望みするのが間違ってんのよ。と言う。
そして小説は、
足を望む蛇に、足が生えているように見える鏡を売りつける人間や商売が存在する、と言う。
クレジットカードがそうだと。


カードのこともそうだけど、こういう言葉にも思うところがあって
ただのミステリーって感じがしないのでした。
本当に夢中になって読んじゃったよ。
龍は眠る、もそうだけど、この人の本には本当に引き込まれるところがある。
そういえば、龍〜を読み出した日、雨が降っていて、ちょうど読んでいるシーンでも雨が降ってたんだけど
この本を読み出した時も、本の中でも外でも雪が降ってた。
ギャー!また怖い!!


そういえば、文末に参考文献リストがあったけど、これを見てにんまりしちゃった。
宇都宮、甲斐。
著者と書名に、登場させる地名が因んでるんだろうね多分。